「造るも 賣るも 買う心」
当社は、初代・檜山 直蔵が製材木工機械の製作を主とした個人営業として、旭川が市制施行された翌年、大正12年5月に創業。市内の鉄工所の中でも最も古い創業を誇ります。
昭和22年5月には、株式会社へ改組、歴代社長も二代目・檜山 浩生から三代目・檜山 正人へと受け継がれ、今日に至っております。
「造るも賣るも買う心」を企業理念に、戦後の混乱期にあっては、より良い、信頼される産業機械を製造するためには、鋳造を含めた一貫した生産システムが不可欠との考えから、鋳造工場を設置し、高品質な製品づくりを目指し、技術の研績に励み、ここ旭川の地に根ざし、事業を推進してまいりました。
当社の誇る鋳造技術は、単体で50トンもの鋳造品を生産するまでになり、その優れた技術は、鋳造コンクール連続10年入賞による日本鋳造協会会長賞を受賞するなど、数々の受賞によっても証明されています。
昭和45年には、日本経済の高度成長期に機械工場を旭川市9条18丁目に移設・一新し、最新鋭の工作機械を導入、新時代に対応できる生産体制を整え、商圏も道内のみならず、東日本全域、さらには海外からの受注も増えてきております。鉄骨、製缶部門も、建築における鉄骨材の比重が年々増加するにしたがい、旭川工業団地に鉄骨・製缶工場を建設、活発に操業しております。
そして今日の国際化社会にあって、もはや国内だけに目を向ける時代ではなく、国際的な視野で海外を見つめていく時代となり、当社においても、旭川を拠点に、世界に向かって翔ばたいていける企業でありたいと願っております。世界に向け、全社員が総力を結集して、未来へ歩み続けてまいります。